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2011年9月9日金曜日

秋ぞあはれ

昨日の続きです。

秋の虫は、なぜ物悲しいのでしょう。いろいろな音色も、リズムもそのすべてが何か悲しいような調べです。

僕は夏が終わると、1年が終わったような気がして秋になるとセンチな気分になるのですが、考えてがると、それはこの虫の声があるからかも知れません。

春はただ花のひとへに咲くばかりもののあはれは秋ぞまされる

今日はこれまで。

2011年9月8日木曜日

いつの日か日本へ行かれるのなら

是非一度は縁日へ足を運ばれるとよい。


という書き出しで始まる「虫の演奏家」という小泉八雲の文章がある。いつの間にやら我が家の周りでは騒々しいくらいにその「演奏」が始まっていて、ふとその文章を思い出してそれを久々に手にとってみた。

彼の暮らした明治の時代は、縁日で籠に入れられた虫が売られていた。それがいつの頃から姿を消したのかはわからないが、「虫を売る」というのは商売として成立していた。江戸の市中にもその行商がみられたし、それが明治までは確実に存在していた。彼によれば、最も高価な金額で取引される時期に、最も高額な虫は「キリギリス」で一匹12~15銭。最も安い「鈴虫」で3.5銭から4銭。

彼はこんな風にいう。

だが、虫はその出す音色のため珍重されているとわかったとたんきっとびっくりするだろう。日本人のようにたいそう洗練されてまた芸術的な国民の美的生活の上で、この虫たちが西洋文明でつぐみや孔雀やナイチンゲール、そしてカナリヤが占める地位にひけをとらない地位を占めている、と語り聞かせてわかったもらうのには骨が折れる。千年の歴史を持つ文学が、ものめずらしく繊細な美充ちあふれる文学が、このはかない命の虫という題から成り立っている、などとはどんな外国人に想像できるだろうか。



虫の声一つあれば優美で繊細な空想を次々に呼びおこすことが出来る国民から、たしかに私たち西洋人は学ぶべきものがある。機械の分野ではそういった国民の師であることを、全て人工的に醜く変えてしまうことでは教師であることを、私たちは誇ってよいだろう。だが、自然を知るということにかけては、大地のよろこびと美とを感じるということにかけては、いにしえのギリシャ人のごとく、日本人は私たちをはるかにしのいでいる。しかし、西洋人が驚いて後悔しながら自分たちが破壊したものの魅力をわかり始めるのは、今日明日のことではなく、先の見えない猪突猛進的な産業化が日本の人々の楽園を駄目にしてしまったとき、つまり美のかわりに実用的なもの、月並みなもの、全く醜悪なもの、こういったものをいたるところで用いときのことになるのだろう。


「虫よ虫ないて因果が尽くるなら」


今日はこれまで。

2011年9月7日水曜日

何をえらそうに!

昨日(6日)の読売新聞の社説。

交渉のテーブルに早くつけ

だと。TPPのことです。まったく、えらそうに何を言っているんだか。しかも「なぜ」という根拠は、

少子高齢化が進む日本は、成長著しいアジアなどの活力を貿易自由化によって取り込み、成長を実現する必要がある
だけしか示さない。なんという傲慢。これ本当か?


記事は、民主党代表選の際の鹿野農相を、彼は

TPP参加は国のかたちをかえるとさえ主張し、否定的な考えを示した

として、

危機感が薄いのではないか

とまで書いている。アホか・・・。僕は鹿野農相の懸念はもっともなものであると思っているが、僕と同じ意見の新聞は赤旗だけ。何度も書くが、読売も日経も揃って「参加せよ」の一点張り。

先日も書いたが、多数の意見は間違っていることが多い。これもきっとそう。

国が壊れてからでは遅いのだ。

今日はこれまで。

追伸)
僕がなぜTPPに反対しているかは、ここで何度も書いているので書きません。

2011年9月6日火曜日

台風一過

とはいきませんでしたが、今日の曇り空から垣間見えた空の青さはすばらしかった。

みなさんは空を見上げることがありましたか?

空の高さとあの青さはまさしく秋でしたよ。日中は気温があがりましたけどね。

台風12号のもたらした紀伊半島の被害は甚大でしたね。家ごと川の濁流に流されたひとも多いとか・・・。何とも言葉がありません。北は津波、西は台風の自然災害に見舞われるとは今年は一体どういう年なのでしょう。


ひとは自然の恵みがなければ生きていけず、しかし自然は時として猛威を揮いひとのつくりあげたものや、命そのものまでも奪ってしまう。自然とどのように向き合ったらいいのでしょうね。

今日はこれまで。

2011年9月5日月曜日

アホくさ・・・

新しい内閣への支持率が歴代5位の65%なんだとか・・・。

よ~く考えて欲しいのは、昨年6月の菅直人内閣の支持率も64%あったということ。もっといえば、目の虚ろな人の支持率は75%もあったんですよ(出所;http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110903-00000643-yom-pol)。

支持率なんかろくなもんじゃないとは散々書いてきましたが、もうそろそろそんなことを話題にするのはやめたらどうか。新聞もいい加減に気づけよ。世論調査とか、民の声とか、そんなものほどいい加減なものはないとね。

ネタ元の読売新聞によると、内閣発足時の支持率ランキングは、

1位:小泉内閣 87%
2位:鳩山内閣 72%
3位:細川内閣 72%

となっていますが、彼ら3人が一体何をしたのかよく考えてみたらいかがか。特に2位、3位の内閣など、害悪しか残さなかったではないか。

小泉内閣は、この国の経済の行方を巨視的に考えなければならないときに、「規制緩和」「郵政改革」と、極めてミクロなことのみに終始し、その間円安と相まって見かけ上の経済成長は成し遂げたが、それがほとんど賃金上昇に結びつかないという状況をつくりだした。あの内閣のおかげで「失われた10年」はもう「20年」になろうとしている。

鳩山内閣は、書くのも憚られる。

細川内閣は(唯一この内閣のみその発足時には僕も少しは期待したが)、何を成し遂げたのかさっぱり思い出せない。ただ、クリントン大統領と何かの協議か交渉が決裂したときに、「できないことはできないと拒否をする大人の関係」とかわけのわからんことをいって顰蹙をかったこと、国会での答弁で「先の戦争は侵略戦争で私自身、間違った戦争だったと思っている」と述べたこと。

大体、彼が総理を辞任したのも佐川急便からの政治献金にかかわることだったと思うが、どうもそれは単なる言い訳に過ぎなくて、彼は総理大臣に厭きたのだろうなあと、当時の僕は考えた。その後ほどなく政界から引退したので、彼が厭きたのは総理ではなく、政治だったことがわかった。


民の人気の高い政治家はこんなもんですよ。だから、少数意見の方が正しいんじゃないかと僕は思えてくるわけであって、多数の声が正しいだろうと仮定する民主主義なんぞ、今のところそれ以外に「良い」と思える政治システムがないから、しかたなく行っているのだ、くらいの気持ちしか持ち得ない。

しかしながら、世の中はそれを「価値」のように崇め奉る・・・。テレビに出演する政治家は口を開けば「民主主義なのだから、よく議論をして云々」というが、民主主義は話し合いで解決するわけではなく、多数決という「力」の行使で物事を決めていくのだから、そういう発言はおかしいだろうと思ってしまう。


いろいろ書きなぐりました。


今日はこれまで。


2011年9月4日日曜日

そういえば

毎日の更新は昨年の10月1日からはじめているので、この9月を終えればちょうど1年ということになります。

とりあえずはそれが一区切りで、10月からは書きたいときに書くという姿勢で臨みます。毎日書くというのは結構しんどい。第一にネタがなくなるんだ・・・。

とはいえ、昔書いた文章を読み返すのは結構楽しい。

なので、あともう少しだけ毎日の更新を続けます。

今日はこれまで。

2011年9月3日土曜日

びっくり! その2

昨日、宝島社のふざけた広告を見て憤慨してたら、どうも僕同様の思いを持った人も多いみたいで、「いい国つくろう・・・」でググったら、多くのブログで批判的に取り上げられてましたよ。

宝島社のHPをみたら、下記のような広告意図が大真面目に載っていて2度びっくりしました。




敗戦や災害など、これまで幾度となく苦境に直面してきた日本。
日本人はそのつど、不屈の精神と協調性を武器に国を建て直してきた歴史があります。
世界のどこを見ても、これほどしぶとく、強い生命力を秘めた国民は存在しないのではないか。
そんな気さえするのです。
「いい国つくろう、何度でも。」
この投げかけを通じて、
日本人が本来持っている力を呼び覚ましてみたいと考えました。







アホさもここまでくると立派というか、無知なるものは強いとただただ恐れ入るしかないですな。「敗戦や災害など」と同列に扱っていますが、敗戦は日本建国以来たった一度きりです。「そのつど」などという形容詞は「災害」だけにかけて欲しいもの。


そのたった一度の敗戦で「戦争はもうこりごり」と考えるのをやめ、たった一度の原発事故で「原発はもういらない」と思考停止する日本人に「しぶとく」という形容詞ほど不釣合いなものはない。あえていうなら、諦めが早すぎる・・・。生命力云々ではないでしょう・・・。


まあ、そのことに対して彼らの無知蒙昧さを責めたてるつもりはないのですが、問題はこの写真ですよ。これを屈辱として日本が立ち上がったのならいいのですが、残念ながらこの国の多くは彼に尻尾をふり、媚を売り、へつらったわけですよ・・・。決してポーズではないですよ。本心からそうしていたはずですよ。そんな国民のどこに「しぶとく、強い生命力」が垣間見られるというのでしょう。

もしかして、再び占領されたがっているんじゃないでしょうね・・・。

今日はこれまで。



2011年9月2日金曜日

びっくり!

ご覧になった方も多いと思うけど、本日2日の日経。


両見開きの全面広告に宝島社の広告が出てました。「いい国つくろう何度でも」というコピーはいいのですが、呆れ果てたことにそこには昭和20年8月26日(だったかな?)に厚木飛行場に降り立ったマッカーサーの写真を使っているのです。

まるで、マッカーサーが「いい国」をつくった人のような扱いですが、この広告を考えた人間、そしてそれを許した宝島社の人間は日本人ではないな・・・。

アメリカの日本人洗脳計画の最高の結果でしょう。すでに、日本の主権回復から来年で60年になろうとしているのに、なぜそんな頭の状態のままでいるのか不思議でなりません。

マッカーサーが日本の軍国主義を倒し、米国流の民主主義を日本に根付かせたから、それをもって「いい国」の「何度でも」の嚆矢としたいのでしょうが、そんな妄言、妄説を未だ信じていることがすでに常識となり、疑うこともしないのでしょうね。

ホントに信じられないことは、この広告にかかわった人間は数多くいるのに、にもかかわらずこんなふざけた売国奴的なものが出来上がったということ。

宝島社など、買いもしない出版社ですので、不買行動ができないのが残念です。でも、街宣車とかが出るんじゃない?僕がその筋の人ならやりますね。

今日はこれまで。

2011年9月1日木曜日

思い出したこと その2

思い出したことを書つけます。

毎朝見る田んぼの稲は実りもたわわに、重そうにその頭を揺らしています。

「実るほど頭を垂れる稲穂かな」

というのがありますね。何だかつくづくいい言葉だと思います。やはり、人間も何事に対しても謙虚でなければいけませんね。自分の立場を嵩にきて、弱い立場のものにぞんざいで横柄な態度をとってはなりません。


さて、稲穂を見て思い出しのが夏目漱石。

彼は稲穂を見て、その先に実っているものが毎日食す「米」だとは知らなかったらしいですね。彼の友人だった正岡子規が書いています。漱石の家は代々今の新宿区に住む名主であり、江戸っ子だったわけですが、ちょっと驚きですね。一方、愛媛は松山から来た子規は自分の田舎者であることを再認識したでしょうね。

子規の「仰臥漫録」は哀しいです。毎日の食事のことが克明に記されているのですが、そのことに克明にならざるを得なかった彼の不自由さが感じられるからです。

とりとめのないことを・・・。

今日はこれまで。



2011年8月31日水曜日

何故事実をみないのか

先日、本を処分したことは書きました。

今日は処分できなかった本について書きます。

司馬遼太郎の小説は、また読むことがくるかも知れないのでほとんど残しました。同時に、彼のエッセイというのか、雑記みたいなものがまとめられた本も残しました。

日曜日は終日、それらを読みふけっていました。読むたびに本当に彼の該博な知識には舌を巻いてしまう。彼がドナルド・キーンと対談したものをまとめた本など、最高に面白い・・・。そして、ドナルド・キーンの知識と日本に対する愛情の深さに心打たれる・・・。


さて、巷間「生きて虜囚の辱めを受けず。死して罪過の汚名をうくること勿れ」という悪名高い「戦陣訓」は知っていると思います。要するに、それが軍人だけでなく民間人までをも拘束していて、沖縄をはじめとする孤島で、無用な命を散らすこととなったというのが、今の世の中の理解ですが・・・。

池上章とかがテレビでもこう言っているんですよね。一緒にでていたのは、おばかなコメンテータばかりなので、いちいちそれに納得してましたが、、彼はサイパン島の「バンザイクリフ」と名づけられた断崖から多くの民間人の婦女子が身を投げたのも、それが民間人をも拘束していたからだと・・・。

そんなのは嘘っぱちです!

僕がこういう言説は「嘘」だと確信したのは、山本七平の著作「ある異常体験者の体験」を読んでからだ。彼はその中で「戦陣訓など私の軍隊経験の中で見たことも聞いたこともない。ましてや初年兵教育に使われたことなど絶対にない」と断言していたからだ。

そして、その数年前に司馬遼太郎も確か同じことを言っていたのを思い出したからだ。

!!!!!

そして日曜日にとうとう、僕は司馬遼太郎のそのタネ本を見つけたというわけ。



この本はおそらく高校生の頃に買った本だと思う。司馬は、この中でこう書いている。


なるほど、そういうチャチな小冊子があったことを久しぶりで思い出した。しかしそういう陸軍大臣の名前による刊行物が、兵士たちのモラルや意識を拘束してついに横井氏のようなひとを出してしまったというほど重いものだったかどうかは、疑問である。(中略)


私は関東軍で教育を受け、そのあと現役兵のみの連隊に属してほんの一時期初年兵教育もさせられたが、「戦陣訓」というものが教材につかわれている現場を見たことがないのである。


「生きて虜囚の辱めを受けず」


というあの美文調の刊行物が、現実の軍隊社会でどれほどの影響力や拘束力をもっていたかということになると、そういう刊行物とは無関係に軍隊社会は存在していたと証言せざるを得ない。(中略)


戦陣訓」が発行されたときそれをニュースとしてやかましく書き立てたのはむしろ新聞であって、それを新聞紙上で読まされた民衆が兵隊としてとられるとき、ああ、ああいうものがあったな、という程度の影響として存在したものであろう。要するにマスコミのから騒ぎである。

戦後28年経ってグアム島の密林から横井庄一氏が現われ出てくるという異常な事件にぶつかったとき、この事件の理解にくるしんだあげく、「つまりは戦陣訓の重みである」というごく簡単な整理法による解釈に落ちつかせてしまおうとしているらしいのは、ずいぶん手前勝手な観がある。


そういえば、山本七平が戦陣訓に触れた文章を書いたのは、この横井さんより数年後のルパング島の小野田寛郎氏の出現によってであり、やはり新聞記者からコメントを求められた際の、記者の「やはり戦陣訓ですか・・・」という勝手な感想に反発してのことで、司馬と同様の思いだった。

池上彰にしても、その発言を許す新聞なりテレビなりは、この司馬や山本の発言を知らないのだろうか?それとも知っていて無視しているのだろうか・・・不思議でならない。

司馬が同じ本で書いている「轢き殺して行け」という言葉はよく他のところでも、旧日本軍の残虐性やらでたらめ振りを表すものとして引用されていることを思えば、おそらく都合の悪いことは無視しているに違いない。

まったく、マスコミというのはまさにゴミとしかいいようがない。少なくとも僕のブログを読むひとはホントにだまされないでほしいと思う。


ちなみに、「轢き殺して行け」というのは、司馬が自身の部隊(戦車連隊)が出動する際に、対向してくるであろう避難民の扱いをどうするかと上官に質問したときの回答である。

今日はこれまで。

2011年8月30日火曜日

昨日の代表選

昨日の代表選。

小沢一郎の神通力も薄まったと感じました。野田なる人への200を超す票は、そのまま「反小沢」の票で、彼の支配を苦々しく思っているのが党内の多数に及んでいることの現われでしょう。


何とも腹立たしいのは、目の虚ろな御仁。なぜ、彼はまだ発言する?彼は自身の責任を一切感じていないんだろう。呆れ返るしかない。さっさと引退しろといいたい。

海江田氏は、何の主義主張も持たない軽薄な人間。彼にはテレビのコメンテーターが一番似合う。

馬渕、鹿野の両名はまったくわからないので書きようがない。

野田氏は、財務省のいいなりと前に書いたが、彼は戦犯の名誉回復はすでになされているという立場を表明しているそうで、そこは少し見直した。問題は、総理就任後にも中・韓の言いがかりに屈することなく、自身の信念を貫けるかどうかだ。

「三度目の正直」か「二度あることは三度ある」か、そのどちらになるのだろうか?もし、後者ならこの国は滅ぶ・・・。

今日はこれまで。

2011年8月29日月曜日

秋の気配

今朝、久しぶりに早起きしてごみ出しにいきました。

昨日、またまた本の整理をして、200冊くらい処分しました。でもなぜかまだ本棚はすっきりしません。本棚以外のものを処分したからです。

で、今朝はすでに太陽はでていましたが、朝のにおいはもう夏のそれではなく、間違いなく秋のものでした。

日中はまだまだ暑いのでしょうけどね、早いものです。もう秋です。

今日はこれまで。

2011年8月28日日曜日

何だか言葉が出ない 2

昨日の続き。

「おこちゃま」みたいな政治家しかいないのは、民主党だけの問題ではなく、すべての政党にいえること。

ただ、ここで何度も書いているように、政治家もこの国の生み出した社会の縮図なのであってみれば、そんな政治家しか生み出すことのできない「社会」そのものが病巣ということになる。


昨日の読売新聞に昭和35年の岸内閣時の安保改定騒動の記事が出ていた。あの時は数十万人というデモ隊が国会周辺を多い、首相官邸をも取り巻いた。岸信介と佐藤栄作の兄弟は2人でそこに残り、

「殺されるのならここしかないじゃないか」

と言い合ってブランデーをかたむけていたという。


これだけの覚悟をもった政治家が半世紀前にはいたのに・・・。

そのあまりの断絶には言葉がでない。

今日はこれまで。

2011年8月27日土曜日

何だか言葉が出ない

新聞でも盛んに書かれていますが、民主党の代表選にあたって、各候補者の政策がわからん。果たしてどのような政策を持ち、どのようにそれを実現しようとしているのかがわからないまま、単に票獲得の数合わせに終始しているよう。

学級委員を決めるのではないのだから、告示から投票まで僅か数日というのはどう考えてもおかしいだろう。

とはいえ、候補者の顔ぶれをみればそろって、学級委員の器でしかないのかも知れないから仕方ないか・・・。

世間から人気の高い前原氏にしても、僕にはどうも「おこちゃま」に思える・・・。彼の出身である「松下政経塾」のカラーなのか、清濁併せ呑むという人間ではないな。小集団のトップなら務まるとはおもうが、一国を率いるのはまず無理だろうと思ってしまう。

そういえば、読売新聞だったかで菅直人を「権力を握ってしまった市民運動家」と書いていた。まさしくそうだと思った。

民主党の政治家は程度の差こそあれ、多くはそういうタイプだろうと思う。前にも書いたが市民運動家という言葉に、僕は嫌悪感を覚える。なぜならその裏には「左翼」が透けて見えるからで、彼らが叫ぶ「市民」は特定イデオロギーを隠すための隠れ蓑にすぎないからだ・・・。

そういう、声の大きなマイノリティーにこの国の政治を左右されたら、まちがいなくこの国は滅ぶ。
それとは逆の声の小さい、マジョリティーの中に守るべき「国民」の姿があると思っている。

今日はこれまで。

2011年8月26日金曜日

有権者の責任


しつこいようですが、鳩山・菅という最低最悪の総理大臣を戴いてしまった事実に対して、先の総選挙で「民主党」に投票した人は、等しく責任を感じて欲しいと思います。ホントにそう思います。

最近になってようやく彼らの「マニフェスト」の見直しが公然と語られるようになってきましたが、彼らは「これは国民との契約」だと言って憚らなかった。ならば、契約違反を先ずは謝罪し、その責任をとらなければならないはずだ。

「予算の組み替え」で財源はできると言っていたはず!

アホか!!

何度も言うが、鳩山・菅を選出した選挙民の方々に申し上げる。彼らを落選させることがあなた方の使命であり、良心の発露でもあります。重ねてお願い申し上げます。

今日はこれまで。

2011年8月25日木曜日

間に合わない

本日アップする予定の原稿を用意してあるにもかかわらず、接続できる環境になく、仕方がないのでそれを言い訳にした本日分のブログをアップしておきます。
今日はこれまで。

2011年8月24日水曜日

おかしな世の中だ・・・

代表選に出馬を決めた前原氏は、外務大臣という職を自身への外国人献金の責任をとって辞したはず。それも、中学生の頃から付き合いのあった焼肉屋の店主だとかで、金額も僅か数万円だったはず。これについては、僕は彼をとがめる気は全くしない。人情的にみて、いい話だと思う。

これについては、3月に書きました。

http://3and1-ryo.blogspot.com/2011/03/blog-post_07.html

ただ、これはもう水に流していいことなのか?という疑問があります。前原氏自身は、そう判断したのでしょうが、僕には何だか疑問符がつきます。大臣職を辞しただけで責任をとったことになるのかな?ちょっとわからん・・・

野党には攻撃材料になるでしょうが、こんなことで騒ぐのはやめてもらいたいと思う。現首相の政治団体が北朝鮮系の「市民団体」へ多額の政治献金をしていたのとは次元が異なる・・・。


そういえば、島田紳介が引退だとか。暴力団と親密な関係にあったことへの責任をとったそうですが、何とも不思議なのは、マスコミは暴力団に属する人の、彼らが大好きなところの「人権」は一体どう考えているのでしょうね?暴力団とかかわりをもっただけで、社会的な制裁を受けるのが当然というような風潮ですけどね。

どんな人であれ、恩義には報いなければならないのは当然のことだと僕は思います。島田紳介もそう思ったのでしょう。それは極めて当然のことだと思います。


闇のない社会などこの世に存在するわけないのに、その闇を明るみにだしたら、闇は移るだけ。酸いも甘いも、クリーンもダーティーも共存するのがこの世の中のはずなんだけどな。


ただ、僕は彼の引退はそれだけが原因ではないような気がする。会見では明らかにしてない文字通り「闇」の部分があったのではと勘ぐってしまう。

まあ、別にどうでもいいことだけど。

今日はこれまで。

2011年8月23日火曜日

未来

政治の混乱など僕らの日常に何のかかわりもなく、何か別の次元での話しのようにも感じられる。

「歴史的」と形容詞がつけられた民主党への政権交代であるが、何のことはない。彼らは一体何をした?

でも、僕らの暮らしが変わったかといえば何も変わらず、ただ日常の仕事なり、勉強なり、子育てなり、家事なりをこなしていただけ。その暮らしぶり、生き方がこの国をかたちづくる。

そう考えれば、政治なんぞに熱狂するのは、ある意味暇人のみが行いうることだろう・・・。


しかしながら、おそらく政治は将来を語るものなのだ。自分たちの子供、これから生れてくるであ
ろう子供たちへ、今のこの国をひきつぐことを目標にすべきでないか。


どんな国をつくりたいか。

このビジョンなくして政治家なんぞ務まるわけがない。

そうして、今の自分もその子供たちも、この国の過去から流れ来るものであることを考えれば、必然的に、僕らの父祖やそのまた父祖たちのことへも思いを致さなければならない。

簡単な言葉を使えば歴史と伝統を離れたところに、国の未来なぞないのだ・・・。

民主党の代表選が来週らしいですがね・・・。

今日はこれまで。

2011年8月22日月曜日

年月

「としつき」と読んでもらいたい。

24時間テレビで、ランナーの徳光さんを激励するためにスターター役となって現れたミスターこと長嶋茂雄。僕の世代はおそらく彼の現役を知る最後の世代。彼があの名セリフを残して引退したのは、僕が小学校5年生の頃だったと思う。

だから、僕の中では彼は背番号90をつけた長嶋監督だ。

いつだったかの巨人と西武の日本シリーズ。

巨人軍は、九段下のグランドパレスに宿泊し、そこから東京ドームへ出かけていたことがある。ホテルの玄関前には選手を乗せたバスが並び、そのバスの最後尾に彼は座っていた。

思わず、無意識に僕は手を振った。そして彼は僕を見て手を振り返してくれた。

彼にはオーラがあった。

不自由な右半身を引きずりながら歩く彼の姿は、往時を知るものにとってかなしい・・・。もちろん、元気になってまた僕らの前に姿を見せてくれるのはうれしい。しかし、もうすっかりおじいちゃんになってしまった。

考えると、この僕もそれだけ年をとったのだが、それを知るのは他人を鏡としてみた場合のみ。
いつまでも自分だけは若いつもりでいるのだが、それが錯覚だと思い知らされる・・・。

今日はこれまで。

2011年8月21日日曜日

寒い・・・

金曜日から続く雨模様の天気・・・。

潤いを与えてくれる久々の雨はまさに慈雨であるが、この寒さは一体何?
まったくおかしな天気です。

「おかしな」といえば、民主党の代表戦に立候補しようとしている人たちも、国政の政治家とは思えませんね。誰一人として国家の安全保障の観点からの発言がない。ここでいう安全保障はエネルギー政策も含まれますが、エネルギー政策というものが国家の安全保障に含まれる分野であるという認識が欠如しているとしか思えない・・・。

「市民目線」だとか、「国民の声」だとか、そういう「空語」はいい加減やめたらどうか・・・。


今日はこれまで。