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2009年7月22日水曜日

佐賀藩と言えば・・・

山本常朝の「葉隠」が有名です。
「武士道とは死ぬこととみつけたり」の一節が人口に膾炙してますが、
「人間一生誠短きものなり。好いた事をして暮らすべきなり」や、または
「恋の至極は忍ぶ恋とみたて候」という一節が僕のお気に入りです。

先ほどの投稿でも書きましたが、幕末の佐賀藩は戦争を支えるかなり際立った技術を持った藩でした。
ここは、江戸期のある時期に超スパルタな藩士教育をしたことをご存知でしょうか?
家督相続の際、試験に合格しないと最大で8割の家督を召し上げたそうです。
そういう厳しい掟があったため、試験に合格するためテクニックのみが偏重されたようです。
それに反抗したのが、早稲田大学創始者の大隈重信でした。

「人ト生ジテ自助独立ノ権ナク、己ノ生涯ノ利害ヲ人ニ任シテ
不羈セラルルハ牛馬ニ均シカラズヤ」

彼の言葉です。福沢諭吉もそうですが、この両名、その建学の精神が似通ってますね。

そのスパルタの詰め込み教育は、昭和になってもしばらくはその残滓があったようです。
昭和40年代の司馬遼太郎の本に、佐賀県は人口当たりの司法試験合格者数が全国一と
言うことが書いてありました。今はどうかわかりませんが。

巷間、地方分権が喧しいですが、江戸期の日本のようにまた地方は豊かな文化を育むことが
できるのでしょうか?それなくしては、どこも金太郎飴のようにミニ東京が全国にできるだけでしょう。
そして、それが今の騒ぎの顛末のような気がしてなりません。


3 件のコメント:

  1. 山本常朝の「葉隠」はまだ読んでないのですが、三島由紀夫氏の「葉隠入門」は読みました。
    (この後すぐに「金閣寺」にも手を出しました)
    三島由紀夫氏の意見なので、原書とは違うかもしれませんが、一種の矛盾をあちこちに含んでいる所が興味深いと知りました。
    例えばある箇所では、エネルギーを賛美して行動の行き過ぎを認めているのですが、またある箇所では社会の秩序や和の精神、謙譲の美徳を語っているとか...
    この矛盾がまた魅力的だとか。分かる様な分からない様な。

    似た例は西洋でもありますね。
    例えばウィリアム・モリス。
    文字と紙面の読み易さを追求したデザイナー?なのですが、最終的には凝りまくった絵文字みたいになって、凄く読みにくくなったり(笑)。
    突き詰めると逆に辿り着くのでしょうか?
    陰陽の印のようです。

    超スパルタといえば、私の知識内では薩摩藩です。
    先輩達が指導に付くシステムがあったとか...?
    この辺は今度、亮さんに勉強会で教えて欲しい範囲です。

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  2. 田村さん

    薩摩の藩士教育は、士道に徹したもので「文武両道」の「文」よりも「武」に重きがおかれたものでした。会津藩なんかもそうですね。年上が年少の子供たちを指導しながら、士道の精神を涵養するといったような。

    私が取り上げた佐賀藩は「文」に偏重したもので、いわゆるペーパ―試験に不合格だったら、先祖代々相続されてきた家督を召し上げるといった、極めて厳しいものでした。こういう藩は江戸期に300超あった諸藩の中でも類を見ないでしょうね。

    そう、「葉隠」は矛盾だらけのことを書いた本でもあります。一体どっちがほんとなんだ?と迷うこともしばしば。
    でも、それが人生ですからね。そう割り切っています。

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  3. 田村です。

    まるで、隋や唐から始まった科挙を思い出させますね。
    科挙もやたらと形式的なモノに成り下がり、最期は悪習としてしか評価されなくたったとか...
    今の日本の形式的な大学受験からも、ひたすらに科挙の臭いがしてきますが。

    うちの母校は今、超進学校に成り果てたらしくがっかりです。
    馬鹿でも入れる時代がほどほどに面白かったのに。
    「武」の偏重もどうかと思いますが、「文」への偏重よりはマシだと思えます。

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