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2011年9月30日金曜日

絶筆・・・でもないか

10歳の娘は国語で「ごんぎつね」を習っています。

あの話から、何か教訓を見つけようというのは困難です。というよりも、それを何からでも得ようと思うのが間違っている。

本居宣長のいう「もののあはれ」とは、ただあるがままを感じることにこそ価値があるのだということ。その顰に倣っていえば、ごんを撃ってしまった兵十が、これから背負っていくであろう贖罪の意識、おそらくそれは苦しみだろうと想像できますが、それだけを感じ取れればいいのです。

おそらく、ひとは悲しみを悲しみのまま背負って生きていくことはできないが、苦しみは背負って生きていくことができる。悲しみは時が癒すが、苦しみは時が癒すことない。例えば親しい人との死別による悲しみは、その根源を辿れば「言うべきことを言えなかった」「為すべきことを為さなかった」という身悶えであり、それは苦しみではないか・・・。釈尊がとうの昔に言い表した「愛別離苦」は、まさにこの通りのことだ。

苦しみ・・・。


乃木大将の自裁に対して、「こころ」の先生は次のように言った。

乃木さんはこの三十五年の間死のう死のうを思って、死ぬ機会を待っていたらしいのです。私はそういう人にとって、生きていた三十五年が苦しいか、また刀を腹へ突き立てた一刹那が苦しいか、どっちが苦しいだろうと考えました。
乃木希典という克己の人だからこそ、ずっと持ちえた苦しみかも知れません。昨日の続きでいえば、誰もこの自裁を否定できないでしょう。どんな言葉を持ってそれを否定しても、それは非常に薄っぺらいものになると僕は思います。

苦しみ、痛みと置き換えてもいいが、人はすべてそれを心の中に秘めていると思う。僕の場合なら、人には決して言えぬそれがある。僕も含めて普通の人はそれを誤魔化して生きている。でもやはり心の奥底には苦しみがある。意識するしないに関わらず、皆それを感じているはず。でも、もしかしたらそれこそが他人への配慮や、優しさの原資なのではないだろうかと僕は考えている。

ほんの少しの想像力をはたらかせて、自分と同じ苦しみを持つものとして他人を見ればいいのです。問題はその想像力を持ちえるか否かということ。



昨日書いた「普通名詞でしか考えない日本人」という現象こそが、実は以前書いた「底の浅さ」や、「薄っぺらな社会が恐ろしい」の根源にあるような気が僕はしている。これ以上のことは今は書けない。ただ「何かが絶たれている」という喪失感を僕はこの国に感じざるを得ない。おそらくそれはかつてのこの国にはあったはずだと僕には確信めいたものがあるのだが、その「絶たれた」ものは何なのかうまく表現できない。でも確実にそれは「絶たれている」。

その「絶たれている」何ものかが復活し、豊かな音色を奏でるときが巡ってくるのか、それとも永久にこないのか、僕自身はその未来に絶望にも似たものを感じている・・・ということを表白して昨年10月から毎日書き続けていたこのブログの更新を、一旦はとめることにします。

今後は書きたい時に書きます。

それでは皆さまごきげんよう。

2011年9月29日木曜日

普通名詞でしか考えない日本人

最近よく思うことを題名にしました。

「日本人というのは、普通名詞でしか物事を考えないのではないか」

という疑念があるからです。あくまでも世の中に流通する論調とか、言葉の使い方の意味です。どういうことかと言うと、いくつか例を挙げましょう。


「嘘をついてはいけません」

親や先生はこどもにこう教えるはずです。一般名詞としての「嘘」は、いいか悪いかを問われれば、僕も「悪い」といいます。ただ、実際のところ僕らの社会の中で一般名詞そのままに判断することはまずありません。「嘘も方便」という言葉もありますが、社会の中では「ついてもいい嘘」というのが存在するのを皆わかっているはずです。この場合は、普通名詞のそれではなく、固有名詞としての嘘といっていいでしょう。

「戦争に賛成しますか反対しますか?」

こんな馬鹿げた質問も、よく目や耳にします。あくまでも推測ですが、日本以外でこんな質問はまず皆無でしょう。そこに必ず「イラク戦争に~」というような固有名詞として質問されるからです。ところが、日本ではこう質問されて、人々は皆一様に「反対です」と応えます。一般名詞で考えれば当然のことです。

僕ならば回答は留保します。固有名詞で考えるからです。一般名詞としての戦争ならば僕も即座に反対します。当たり前のこと。しかし、一般名詞としてのそれはこの世の中にはないですから、固有のものとして考えざるを得ない。「祖国防衛戦争」というものもあり、それすらも否定するのは偽善以外のなにものでない。したがって、そういう質問が馬鹿げているといったのです。

極論を言えば、「殺人を認めるか否か」ということでもいいです。これについては、一般名詞としてのそれですら肯定するひとはいないでしょう。しかしながら、裁判ではその背景や動機を探ります。これは要するに一般名詞から固有名詞化させているということでしょうね。そうして量刑の基準とするわけです。

「自殺がいいか悪いか」

こう訊かれて僕は回答を留保します。以前ここで紹介した江藤淳の自裁(http://3and1-ryo.blogspot.com/2010/12/blog-post_14.html)を、誰がどんな資格で「よくない」といえるのか。したがって、肯定せざるを得ないそれもあると僕は思うからです。


一般名詞で考えるというのは、想像力の欠如ということです。人間同士の付き合いで考えれば、他人の心情を忖度できないということになります。そんな人間に重きをおきますか?付き合いたくもないでしょう?

これらの例を挙げるまでなく、世の中に一般名詞で考えられる事象などないのです。

しかるに、どうでしょう?世の中はそんなワンフレーズが横行し、みなそれをもってあ~だこ~だ言っている始末。アホの所業です。

えらそうに社会の正義をきどる新聞などのマスコミは、「開国か鎖国か」「自由貿易か保護貿易か」と幼児のような世界観、二項対立で記事を書く・・・。これも要するに普通名詞で物事を考えているということ。偏差値の高い大学を出て、難しいであろう入社試験をパスした人間の書く文章とは僕には到底思えない。



たった一度戦争に負けて、戦争反対の思考停止状態になり、今度は一度の原発事故で「原子力反対」の大合唱になる・・・。なんと子供っぽい国なのか。

維新後の廃仏毀釈によって、今まで拝んでいた対象である仏像を風呂の薪代わりにする節操のない変わり身の早さは、その約80年後には、鬼畜米英だったはずのアメリカに跪くということに再び発揮される。

そして、それは未だに続いているではないか。


今日はこれまで。








2011年9月28日水曜日

カール・ユング曰く

公共の場でよく目にすることですが、聞き分けのない子供を注意するのはいいのだけど、必ず手を上げる親。見ているこちらが首をすくめてしまいます。

子供を叩く親は多いですね。

例えばクラスにいる乱暴者の子供などは、間違いなく親に叩かれることが日常茶飯事、親にされていることを自分のまわりにしているのだと思います。


健全な人間は人を虐げない
人を虐げるものは自らが虐げられたものである


とはカール・ユングの言葉ですが、犯罪を犯すような暴力的な人間がいかなる家庭環境で育ってきたか統計的にみれば、おそらくその人自身も暴力の被害者であったことでしょう。

昨今、この国で幼児虐待がかなりの頻度で新聞記事となります。これも、自ら虐げられたものが大人になって、自身がされたことをそのこどもにしているのでしょう・・・。

ということは、全部とはいいませんが、今虐待されている子供たち、いえ日常的に親に叩かれて育ったこどもが親になったとき、また同じことが繰り返されるようになるのでしょう。

想像すると恐ろしくなります。社会、い~え人間というものが抱える闇です。

今日はこれまで。

2011年9月27日火曜日

弁護人

先月、8月16日に「百日紅」のことを書きましたが、我が家から見えるそれはもう僅かに花の残滓が残るのみとなっています。やはり「百日」は大げさで、実質50日前後かなと思います。

さて、ちょっと前から自分自身の思想的、いえそんな大げさなものではなくてこの国の過去への接し方みたいなものをワンフレーズで言えばどういうものかということを考えていました。先日「これだ!」というものに出会えたのですが、

「かつての帝国の弁護人」

だろうと思います。罵倒されているあの帝国の弁護人という視点こそが、僕が文章を書く基盤になっているのです。弁護人であれば必ずその背景を探り、その真意を探ろうとします。普通名詞ではなく、固有名詞で判断します。その視点は、おそらくずっと前から僕自身にあったものだろうと思うのです。簡単に言えば、「そんなに悪く言うな!」という思いですね。「現代の日本人がそんなにえらいのか!」という反発も強いと思います。

いずれ、そう遠くないうちに帝国で人格形成を為した人々はこの国からいなくなります。そうして、事実とは異なる嘘の歴史のみが世の中に流通していく・・・。そんなことへの僕の抵抗ですね。

今日はこれまで。

2011年9月26日月曜日

断捨離ブーム

半袖で過ごすことが寒く感じられるようになってきました。今日の最高気温は25度に届かないようだし。暑い、暑いと言っていたのもはるか昔のような気がします。

「断捨離」ブームの影響か、昨日BookOffへ言ったら、大きな紙袋を抱えた人の多さに驚きました。「買取」を希望する人たちです。

「断捨離」の著者は、BookOffから金一封をもらってもいいでしょうね。

ちなみに、僕は本を買うと直ぐに買った日付を書いてしまうので売れなくなります。一昨日買った本も、もう二度と読まないだろうとは思いましたが、すぐに日付を書いてしまって失敗しました。これからは、読んだ後に日付を書くことにします。

福井靖敏でしたか、「亡国のイージス」とか「終戦のローレライ」を書いた著者ですが、彼の本に一時期はまっていました。ただ、そのときは初版本を買ってすぐ売ることを考えていたので日付を書かず、読んだ後に、ヤフーオークションで売りました。新刊値段と大差のない高値で売れたことを覚えています。

今朝も、三島由紀夫の小説(文庫本)を廃棄しました。さすがに四半世紀以上経ち、かなり劣化していたのでいつか処分しようと思っていたもの。またまた本棚がすっきりしました。

今日はこれまで。

2011年9月25日日曜日

所詮・・・

昨日書いた「高速を超えるニュートリノ」は、まだまだ確定とはいえないようで、測定結果に多くの「?」が出ているようですね。実際のところはどうなるのかわかりませんが、「大山鳴動鼠一匹」でアインシュタインはやはり正しかったという結論に落ち着くかもしれません。

そういえば、昨日久々に本屋で本を買いました。三品和弘の「戦略暴走」を買うつもりでいたのですが、その本屋になくて結局別の本・・。

「日本海軍400時間の証言」(NHKスペシャル取材班)

という本で、以前3回にわたって放送されたものの書籍版だそうです。どうにもその取材班自身の自画自賛的な、心情吐露的な文章が余計に感じられ、日ごろの偏向した内容とも重なり、あまりいい読後感はもちえませんでしたが、かつて海軍の中枢にいた人間の生の声にはやはり臨場感というか、そういうものがありましたね。

ただ、内容的には今までいろんなところで書かれたものが多いので、本の帯に書かれている「第一級の資料」「驚愕の昭和史」というのは誇大表現ですね。間違いなく。

やはり、所詮NHKだわ・・・。

今日はこれまで。

2011年9月24日土曜日

光より速いという興奮とTPPに関するあきらめ

今朝の読売新聞の1面。

驚きました!

「光より速い素粒子観測」


アインシュタインの特殊相対性理論が覆る新発見ということになるのですから、これは驚きました。僕自身は、光よりも速いというのはあり得ないことだと思ってましたし、それが自明の理だと思ってましたけど、ニュートリノという素粒子は光よりも僅かに速い速度で飛ぶことが明らかになったとか・・・。

この今回の発表にしても、特殊相対性理論を覆す衝撃の大きさを考慮し、測定誤差かもしれないということを何度も何度も繰り返し実験してそれを打ち消した上で発表に踏み切ったのだとか・・・。

確か、ホーキング博士がタイムマシンによる時間旅行の可能性について「否定も肯定もしない」と言ってましたが、最新物理学の世界では、理論的にそれは可能だということが定説らしいです。

今後、この結果を受けどのような体系付けられた理論が出てくるのか?非常に興味深く、かつ待望されることです。

それにしても、あらためて思うのはアインシュタインの偉大さですね・・・。まさに「神」の領域。今ほど実験技術のなかった100年前に、あれだけの理論を組み立たのですから。 もしかしたら現代物理学は、彼の理論は本当か否かの検証に費やされていたような気もします。


さて、またTPPです。

本当に不思議でならないのですが、なぜ新聞は「製造業対農業」という図式でしか説明しないのでしょうか。そして決まって「開国」という言を使います。新聞がこんな言い方しかしないので、TPPへの参加は日本の「消費者」にとっての利益だという言説がでてくるのです。

何度も言いますが、真っ赤な嘘です。TPPへの参加は国を滅ぼします。その思想的なことを抜きにして状況的なことだけを考えてください。このデフレ時期にさらに安い製品が流入したらデフレはますます加速するだけです。そんなことすら分からないのか?

それと、大事な点ですがTPPは農業とか製造業にかかわる関税だけの問題ではなく、締結の議題には「医療」「金融」「労働」「政府調達」と20以上の分野での自由化がテーマとしてあるのです。

「労働」で考えて見ましょう。TPP交渉国のほとんどは労働市場の輸出国ですよ。低賃金で働くことを甘受するそれらの労働者が大量に流入してくることも想定されるのがTPPに参加するということなのです。そんな事態を想像できますか?

「医療」で考えますと、日本の医療制度(保険診療)が根底からゆらぎ、金持ちと貧乏人の受けられる医療サービスに差が出てくる可能性が出てきます。同じ「癌」で、貧乏人(保険診療)と金持ち(保険適用外診療)で治癒の可能性に大きな差がでてくるような世の中をどう考えるか、想像力を働かせてください。

アメリカは病院の株式会社化を日本市場で展開しようと目論んでいます。そこでは保険診療が基礎となり、等しく同様の診療を受けられる日本の現行制度を障壁とみているのです。


今、この国はTPPに関するこれらの問題点を想像することも奪われています。マスコミが事実を報道しないからです。政治家もこのような正論、つまりはTPPで交渉される全ての議題を公表するだけのことですが、それすらも述べる人が少ないですね。いや、いてもマスコミに無視されれば、国民は知ること能わず・・・。


同じく本日の読売新聞の記事では、枝野経産相は「早期の交渉参加は日本の主張をTPPのルール作りに反映できる利点があるが・・・・」と述べたらしいですが、この発言もアホ丸出しです!

多国間交渉での締結の決め手は多数決。交渉参加が早かろうが、遅かろうが日本と主張を同じくする国は、他の交渉国には皆無なのです。よって、日本の主張など認められるわけがない。

少なくともアメリカは、日本だけを標的にしてます。日本の市場だけでなく金融資産も虎視眈々と狙っています。

TPP参加が消費者の利益になるとか、日本農業も積極的に世界の市場に打って出るべき・・・とかいうことだけで物事を考えてはいけないのですよ。

今日はこれまで。

2011年9月23日金曜日

提案

昨日、1年ぶりくらいに奥田さんと話をしてきました。酒を飲みもせず4時間くらい「あ~だこ~だ」と。

僕の書いている文章の内容や、話すこと、よく人に「難しい」といわれます。自分ではそんなつもりもないのですが、それが人に伝わらないのは文章にせよ、話すことにせよ、まだまだ自分の力不足なのでしょう。

ただ、僕は話すときにはかなりいろんなことを頭の中でめぐらしながら話をしているのです。酔っ払っているときは別ですが、素面のときはたったひとつの固有名詞だけで表現できることを、その固有名詞の相手の知らないことを推測し、それを説明するために多くの言葉を使うのです。結構気を使います。しかも、回りくどい説明をしている最中にその説明が別の説明を生み、話が別な方へいくことも多いです・・・。やはり頭がそれほど優秀ではない証拠ですな。


さて、奥田さんから提案をもらいまして、12月に大忘年会をやりましょう!

「三と一の会」今だ健在なりということで。また皆さんに連絡します。

今日はこれまで。


2011年9月22日木曜日

台風一過

昨夜の台風で、帰宅が困難となり足止めをくらった人も多かったのではないでしょうか?早めに帰宅しようとして夕方退社した人ほど、大変でした。21時くらいにはかなりおさまってましたからね。 

深夜遅くの空には断雲と、そこから垣間見える星のきらめきがきれいでしたよ。

「想定外」と形容詞のつく今回の「津波」にしても、先日和歌山県の甚大な被害をもたらした台風12号にしても、ホントに災害というのは百年とか数百年とかに1度というレベルの大災害にもきちんと備えておかなければならないというのは明白ですね。そのためのコストがいかに高かろうと、その危機が現実さ化したときのコストと比べて勘案してみれば、どちらがいいのかは明白です。

治山治水というのは、施政者の必須事項でした。武田信玄は治水の技術に長けており、その技術が最近の河川の「多自然型」というキーワードにのり、従来からのコンクリートで固められた護岸ではない、新しい護岸として取り入れられていることが多いのです。

護岸とか治水のことで思い出して腹立たしくなるのは、やはり「れんほう」とかいうアホのこと。あいつはまったく頭の中に「金」のことしかなく、それ以外のことを考えられない人なんだな。パフォーマンスだけで今もなんとか大臣でしょ?いい加減にしてくれよ。

「スーパー堤防」を中止にしたのは彼女であり、「200年に1度の災害に備える堤防が、今の進捗状況だと400年先になる」ということを、無駄な公共事業の象徴として切ったわけですが、あの担当官僚を馬鹿にしたような顔つきは今でも覚えていますが、馬鹿にされるべきは「200年に1度の災害にそなえるべき事業の進捗をスピードアップさせるために必要なのはどんなことなのか」と極めて当然な質問をしない、アホな政治家れんほうその人にむけられるべきもの・・・。

今日はこれまで。

2011年9月21日水曜日

今年は「水」・・・。

3月の大津波、台風12号、15号の大雨。いずれも水ですね。

雨には「慈雨」という雨もあるのに、ここのところのそれは、とても「慈」という言葉をあてられるものではなく、「恨」とかいう字がふさわしいようです。

「せき止湖」「土砂ダム」という言葉はおそらく始めて聞きました。未だ予断を許さない状況らしい。


僕が中学生の頃、台風の影響で学校へは行ったものの僅か1時間も経たずに一斉下校になったことがあります。仲のよい友達数人が学校へ出てこられなかったのを覚えています。僕らはこれ幸いとばかりに、友達の家へあがりこみ、ビーチボールに洗剤を塗ってドッチボールをして大騒ぎしていたのを今でも覚えています。

正確なメンバーは覚えていませんが、汗だくになるほど大騒ぎして大笑いしたのです。あんな「笑い」をしてた頃が懐かしい・・・。

今日はこれまで。


2011年9月20日火曜日

日本人の微笑み

と題した小泉八雲の文章があります。外国人が不思議に思い、時に不快となる日本人の微笑みに
対して、「それはこういうことなのだ」とその弁護を買ってでたような文章です。それによると、日本人は悲しい時でさえ顔に笑みをたたえるのは、自分が悲しい顔をすることによって、周りの人を不幸にしたくないという気配りなのだというのです。だから、肉親が亡くなったときでさえ日本人は悲しみを大げさに表現することをせず、周りを気遣うために微笑をもらす。

この日本人の心性には、何というのでしょう、「私もあなたも共に死ぬ者です」ということが根底にあるように思います。どんなに泣き叫んでも故人は帰ってこないことを思えば、そして、悲しむ私もそれを見るあなたも共にいずれは死ぬ身なのだと思えば、「仕方のないこと」として微笑むことで、「私はそれを受け入れます。あなたもそんなに悲しみなさるな」ということなのでしょう。


ここから透けて見えるのは、「人間は自然の一部である」ということです。西欧のごとく「人間は自然の支配者である」ということとは完全に異なります。

日本人は「永遠」にあこがれつつも、それはないものねだりだということを知っていたのでしょうね。平家物語にある「諸行無常の響きあり」は、その心性を巧みに表現したものといえるでしょう。


そういう人々が作り出したのが江戸の文明であり、近代=西欧化ということのアンチテーゼとして、もっと世に広く知られていいと僕は思います。

そう思うと「近代」は、人間を増長させ傲慢にさせる麻薬のようなものかも知れません。

今日はこれまで。

2011年9月19日月曜日

秋の日はつるべ落とし



http://3and1-ryo.blogspot.com/2010/11/blog-post_21.html

昨年は11月の中旬過ぎにこれを書きましたが、こういうように思えるのは、もうすでに始まっているのだと実感しました。今この時期でさえ、17時半には薄暗いのが、18時になるともう暗闇になってしまうんです。

中秋の名月以来、依然として月明かりがまぶしいですね。そして、よくよく空を見上げると冬の星座の配置になっているのに気がつきます。南のそらには青くきらめくオリオン座が見えるようになっています。

最近は、よく星が見えます。なぜでしょうか、空気が乾燥して空が澄んでいるからですかね・・・。僕の記憶が正しければ、確か北極星は地球から1200光年の距離にある。なので、僕らがみるあの輝きは1200年前の光だということらしい。

宇宙の広さを人は知り、その中に地球と同じような星があるかも知れないと考えるのは自然なことでしょうね。僕もそう思います。

でも、UFOは信じません。地球で目撃されるそれが、はるか宇宙の彼方から飛来したとは思わないというこです。

今日はこれまで。

2011年9月18日日曜日

仕えるということ


「人の上に立ちたいか」

「人に使われたいか」

という二元論をよく聞きますね。これを訊かれた場合には、前者と応えないと「覇気のないやつ」と思われてしまいそうな、そんな恐れを抱いてしまうのではないでしょうか。例えば、就職試験でその会社で役職のあるえらい人が面接官であるとしましょう。そうであるなら、こんな質問を投げかけるだけで、その人は立派なリーダーではないという風にじますね。

人の上につというのは、たいていの場合結果にすぎません。 その人がその組織に尽くし、よい結果を残したことが認められたことの証です。

一方、使われるというのはその過程でありますが、これもたいていの場合、そういう意識でいる人は前段のような良い結果を残すことにはならないのでしょうか。

第三の道があることを忘れている。

「仕える」ということです。これは表面だけみれば「使われている」というのと同じにしか見えないかもしれません。しかし、実は大きな差があります。これは能動的で、使われるという受身とは全く異なります。

上司に仕える。先輩に仕えるなどなど、人に仕えるには何かしらの「無私」の精神が必要です。そしてこの「無私」というものこそ、リーダーが持たなければならない必須の「徳」であると考えます。

日経の「私の履歴書」をみるまでもなく、世に名を為したリーダーというのは、皆間違いなく良き部下であったはずです。「仕えた」からです。

人や仕事を管理する能力など本来稀有なもので、まず徳がなければならない。徳など、若いころから自分を無にして他者や仕事に奉仕できるように自分を訓練してきた人にはじめてできるもので、年功序列がその徳をつくるものではない。

これは司馬遼太郎の文章ですが、まさしくこの通りといえるでしょうね。年功序列がその「徳」をつくるものではないのは当然ですし、いわんや流行のハウツー本を読んだり、講習を受けてつくれるものではない。皆何か多きな錯覚をしているのではないか。

今日はこれまで。

2011年9月17日土曜日

不確かな「生」と確実なそれ

人生にはいろんなことがある、というか起こるものです。自分だけではなく、自分とかかわりのある人間でさえも、それは当然のことなのですが、どうも人間は自分だけが特別だという疎外感や、逆にいいことが起こればそれはそれで、自分を特別視しがちなものです。

「生」ほど不確かなものはなく、「死」ほど確実なものはないのですが、そんなことを僕らは日常、微塵も考えることはありません。それはそれだけ日常が満ち足りているということの証でもあります。

ただ、それが何かの拍子で狂ってしまうと、「生」というものの危うさを再認識せざるを得なくなるのではないでしょうか。

自分への自信や、他人との関わり合いの安心感が薄れたとき、僕らは返るべきよすがとして、「歴史」しかないのではないかと思うのです。

「歴史」は個人の「生」と「死」が完結しています。僕らの「生」が不確かに揺らいだ時、寄る辺となる精神的支柱は、やはり歴史の中にいる人物の生と死の物語から汲み取るしかないのではないか・・・。

信仰へ傾くこともあるでしょう。しかしながら、「信仰」というものすらも過去のある「生」から紡ぎだされたものであり、やはり歴史への回帰と同じになると思います。

僕がここでいう「歴史」とは、過去から読み継がれている小説やらも含みます。

生きている人間は人間になりかけの不完全なもの

とは、川端康成が小林秀雄に語ったものですが、何だか最近の僕はこの言葉が非常にわかるような気がしています。なぜなら、「死」を迎えない限りは「生」は完結しないからです。そして、歴史にはそれがあるからです。

確か、ラテン語「メメント・モリ」(死を想え)とは、おそらくこういうことも言っているのだと思います。

今日はこれまで。

2011年9月16日金曜日

宇宙時代の新常識

というタイトルの講談社の現代新書が家にあります。僕の買ったものではなく、父親が買ったものですが、昭和44年の本で値段は250円!今、新書って700円以上すると思いますが、約40年前はこんな値段だったんですね。

僕はこの本を15歳の時に読んで、大感激した覚えがあります。相対性理論を知ったのはこの本によってです。

時間の流れが不変ではないことや、双子のパラドックスなど。ホントに面白かった。今でも明確に挿絵を覚えていますからね。

別に理由もないのですが、一昨日からデスクトップ画面をアインシュタインの写真に変えました。それで急にその本を思い出したんです。今もその本が絶版にならずにあるのかどうかはわかりませんが、教養として相対性理論を学ぶのにはうってつけの本だと思いますね。

今日はこれまで。

2011年9月15日木曜日

逃げるにしかず

書くことがないので、また政治ネタを。

新しい首相を迎えての国会の会期が僅か4日間にされたことで、野党が猛反発しているらしいですが、まあ当然でしょうね。前首相の居座りから3ヶ月間空白だったことの穴埋めに、猛スピードで案件処理をしなければならないのに、4日間では果たしてその決意ありやと疑われても仕方ない。

新聞も書いてますが、おそらく大きな疑問符がつく新大臣への追求を恐れているんでしょう。逃げているわけですね。果たして民主党の真意がどこにあるのか分かりませんが、そう勘ぐられるということだけで情けない。

アホな経産相は、集中砲火を浴びる前にさっさと辞任しましたが、次なる標的は「素人」だとぬかした新防衛相でしょう。僕はこっちの方が罪が重いと思います。銀行の警備責任者が「私は警備の素人だから」というのと一緒だと読売新聞に書いてあったな。まったくその通りだ。

素人は素人でもいいけどね、それを口に出すなよ!そんな配慮もできないのか!

というより、素人の方に価値を置いたんでしょうね。左翼的心情丸出し・・・。


そういえば、八つ場ダムの建設続行を結論づけた関東地整に前原氏が不快感を示したとか。確か、前国交省のときに、建設白紙は白紙にもどされたんじゃないか・・・?だとするなら、不快感を示す相手は地整ではなく、前大臣だろう・・・。あれ、前じゃなくて、前々かな?どっちでもいいけど。

正論を言えば、民主党のマニフェストなるものの破綻が明らかになった時点で、解散総選挙をすべきですね。「理念は活かし」というのは、言い訳に過ぎない・・・。

今日はこれまで。

2011年9月14日水曜日

頭を垂れていた稲も刈り取られるところが散見されるようになり、なにより日が短くなりましたね。

秋です。

秋の寂しさは虫の声とは切っても切れない関係にあるとは前に書きました。我が家のまわりは本当に
すごいです。

本の整理をしたと
きに、「出家とその弟子」を取り出しました。2冊あります。1冊は1988年9月14日の日付、もう一冊は1年後の1989年の同日の日付でした。そして、その2年後の同日に僕は結婚した。実に不思議なものを感じた。今までまったくわからなかったこと。

作者の倉田百三は広島県三次市の出身だったかな。奥田さんと同郷だ。

「世界の果てまでいってQ」をみるたびに思うのだが、森三中の大島は山科さんとよく似ている。

今日はこれまで。

2011年9月13日火曜日

名月

昨夜の月を見ましたか?

まさに中秋の名月の名にふさわしいいでたちでした。月の光を浴びているだけで、心が洗われるだけでなく、何かしらのパワーまでもらえるような、そんな月でしたよ。

月はくまなきものをみるものかは

吉田兼好はこういいましたが、そうは言ってもやはり完璧な月の形も美しく、詩的な情操を刺激するものであることは間違いないですね。

今日はこれまで。

2011年9月12日月曜日

あれから10年・・・

昨日11日は、9.11として永遠に語り継がれるのでしょうが、月日のたつのは早いですね。もう10年ですからね。

未だに、あの映像を見た驚きは忘れられませんよ。

「テロとの戦い」をアメリカは標榜し、それと意を同じくした西欧諸国がともにアフガンで戦いましたが、日本では、口先ではそういいつつもその覚悟も準備もないのは明白。完全な他人事ですからね。戦うということは、自分の命を危険にさらしながら、相手の命を奪う行為へとなりますが、そのことの覚悟がこの国にはありませんからね。


前にも書きましたが、あの映像をみたときに「アメリカと戦うのには、これしかないな」と思いました。貧者がアメリカには歯向かうには、ああいった行動しかないだろうという意味です。

石原のぶてる氏が、9.11を評して「歴史の必然」という言葉を使ったとか新聞にでてましたが、政治家ならもっと言葉選びには慎重になるべきですね。あれはそんなわけはないでしょう。「アメリカという国が持つ宿命」ならば分かりますがね。どうでもいいことだけど。


今日はこれまで。
今日は

2011年9月11日日曜日

昨日の続き

今朝、2ヶ月ぶりに熱い珈琲を飲みました。夏の間ずっとアイスコーヒーを作っていたので、実に久しぶり。1年くらい前から珈琲豆は楽天の澤井珈琲店というから買っていて、それは鳥取県だか島根県だかにある店舗なのですが、Web市場というものがなければ出会うことのなかったものです。そう考えると、Web市場というのはホントにすごい。

楽天の社長によれば、シャッターが閉まりっぱなしの商店にしても、その裏では毎日発送作業に追われているWeb市場進出店がかなりあるらしいとのこと。それもむべなるかなと思います。


昨日話題にした経産相が辞任したらしく、昨夜のニュース速報を見た時に女房と笑ってしまいました。今朝の新聞に、彼の地方事務所の後援者の弁が出ていて、いわく「初入閣で浮かれていたのか・・・」。

何とも言葉がありません。

今朝の日経「春秋」では、舌禍で辞任する政治家は昔もいたのだが、最近のはあまりに程度が低いとの嘆きが載せられていました。まさしくその通り。

ただ、昨日の僕の文章の続きでいえば程度が低いのは、その個人特有のものではなく、この国の社会全体にかかわること。だから、いいおっさんが国家の安全にかかわる機密を公開したりするのです。

考えてもみてください。アメリカの大統領専用機の飛行計画を知りえたとして、それを公開したらいかなる事態を引き起こすかということは、程度のよい中学生でもわかること。これは守秘義務を負う国家公務員だからとか、そういう問題ではない「常識」の範囲でしょう。それすら考える能力がないのが、50歳という年齢でしかも管制官という重責を担う職に就いてたという事実は、考えれば考えるほど恐ろしいこと。


まだ、公開の理由を「アメリカ大統領暗殺のため」とか言ってくれたほうが、僕の中ではすっきりする。

浅学非才の身では、この国の社会の現状を作り出した「もの」の全容などわかるはずもありませんが、ひとつ言えるのは「公」の概念が喪失したことと無関係ではないとみること。大東亜戦争に負けて、「戦争はもうこりごり」とした日本人は、その「戦争」を引き起こす主体となる「国家」というものまでも卑小にしてしまい、自分やその家族といった「私」以上の価値の所在、いや存在すら見失ってしまったからでしょう。もう少しいうと、「私」以上の価値を「会社」に見出したこともあった。

と、僕は考えています。

政治というものは、形而上のものまで含んだ価値を論じるべきなのに、論じられるのは常に「形而下」のことばかり・・・。そういう政治家がいなくなったのは、そういう政治家を選ぶ能力をもつとされる有権者も、形而下のことだけしか考えられなくなった結果に過ぎません。

そんな人間だらけの世の中が薄っぺらいのは仕方のないこと。

今日はこれまで。


2011年9月10日土曜日

薄っぺらな社会が恐ろしい

50歳代の羽田空港の管制官が、アメリカ大統領専用機の飛行計画などを、自身のブログで公開していたというニュースが読売新聞の本日(10日)のトップ記事でした。


識者のコメントでは「国家公務員としての自覚が足りない」とか出てましたが、この情けない行動に関しては、そこに「国家公務員として」という言葉は不要で、まさに「大人」としての自覚が足りないで十分でしょう。

しかも、恐ろしいのはその自覚の足りない人間が50歳代という年齢だということ・・・。

おそらく、これと根の部分は同様だと思うが、新しい経産相の「人っ子一人いない死の街」発言。これなども、「閣僚としての」自覚が欠如しているのではなく、「大人としての」未成熟なのでしょうね。心の中でそう思うのはいいとして、それを公式の場で発言するなどどう考えてもこどもの振る舞いでしょう。

しかも、視察時の防護服を旧知の報道関係の人にすりつけ、「ほら放射能」とか言ったんだとか・・・。彼を弁護するつもりはありませんが、こういうジョークは僕は嫌いではありません。僕もやるかも知れません。ただ、僕は時と場合を選びます・・・。


この経産相の発言には、政治家としてのプロ意識などまったくなく、まるで素人の発言なのには驚きましたが、世の中は手垢にまみれた自民党の政治家から、こぞって「素人」の民主党政権にこぞって賛同したのであるから、これも仕方のないことか。

新しい防衛相も、「素人だから完全なシビリアンコントロール」とか発言してましたが、この人はシビリアンコントロールという言葉の意味も理解していない低脳な政治家であることを宣言したようなもの。
大体、「プロ」がだめで「素人」なら正しいと錯覚しているのが、政治家や金持ちは全て「悪」で、市民や貧乏人は常に「正しい」という、一昔前の左翼的な観念であり、それにすら気がつかない人間が防衛相というのは、僕には悪い冗談にしか思えない。

情報を漏洩した管制官にしても、まるで「アホ」のような発言をする同年代もしくはそれより上の世代の人たち・・・。彼らを生んだこの国の風潮こそが僕には大問題だと思えるし、そういう世代に育てられた人間の社会は、まちがっても今より厚みが増すとは到底思われない。

今日はこれまで。

2011年9月9日金曜日

秋ぞあはれ

昨日の続きです。

秋の虫は、なぜ物悲しいのでしょう。いろいろな音色も、リズムもそのすべてが何か悲しいような調べです。

僕は夏が終わると、1年が終わったような気がして秋になるとセンチな気分になるのですが、考えてがると、それはこの虫の声があるからかも知れません。

春はただ花のひとへに咲くばかりもののあはれは秋ぞまされる

今日はこれまで。

2011年9月8日木曜日

いつの日か日本へ行かれるのなら

是非一度は縁日へ足を運ばれるとよい。


という書き出しで始まる「虫の演奏家」という小泉八雲の文章がある。いつの間にやら我が家の周りでは騒々しいくらいにその「演奏」が始まっていて、ふとその文章を思い出してそれを久々に手にとってみた。

彼の暮らした明治の時代は、縁日で籠に入れられた虫が売られていた。それがいつの頃から姿を消したのかはわからないが、「虫を売る」というのは商売として成立していた。江戸の市中にもその行商がみられたし、それが明治までは確実に存在していた。彼によれば、最も高価な金額で取引される時期に、最も高額な虫は「キリギリス」で一匹12~15銭。最も安い「鈴虫」で3.5銭から4銭。

彼はこんな風にいう。

だが、虫はその出す音色のため珍重されているとわかったとたんきっとびっくりするだろう。日本人のようにたいそう洗練されてまた芸術的な国民の美的生活の上で、この虫たちが西洋文明でつぐみや孔雀やナイチンゲール、そしてカナリヤが占める地位にひけをとらない地位を占めている、と語り聞かせてわかったもらうのには骨が折れる。千年の歴史を持つ文学が、ものめずらしく繊細な美充ちあふれる文学が、このはかない命の虫という題から成り立っている、などとはどんな外国人に想像できるだろうか。



虫の声一つあれば優美で繊細な空想を次々に呼びおこすことが出来る国民から、たしかに私たち西洋人は学ぶべきものがある。機械の分野ではそういった国民の師であることを、全て人工的に醜く変えてしまうことでは教師であることを、私たちは誇ってよいだろう。だが、自然を知るということにかけては、大地のよろこびと美とを感じるということにかけては、いにしえのギリシャ人のごとく、日本人は私たちをはるかにしのいでいる。しかし、西洋人が驚いて後悔しながら自分たちが破壊したものの魅力をわかり始めるのは、今日明日のことではなく、先の見えない猪突猛進的な産業化が日本の人々の楽園を駄目にしてしまったとき、つまり美のかわりに実用的なもの、月並みなもの、全く醜悪なもの、こういったものをいたるところで用いときのことになるのだろう。


「虫よ虫ないて因果が尽くるなら」


今日はこれまで。

2011年9月7日水曜日

何をえらそうに!

昨日(6日)の読売新聞の社説。

交渉のテーブルに早くつけ

だと。TPPのことです。まったく、えらそうに何を言っているんだか。しかも「なぜ」という根拠は、

少子高齢化が進む日本は、成長著しいアジアなどの活力を貿易自由化によって取り込み、成長を実現する必要がある
だけしか示さない。なんという傲慢。これ本当か?


記事は、民主党代表選の際の鹿野農相を、彼は

TPP参加は国のかたちをかえるとさえ主張し、否定的な考えを示した

として、

危機感が薄いのではないか

とまで書いている。アホか・・・。僕は鹿野農相の懸念はもっともなものであると思っているが、僕と同じ意見の新聞は赤旗だけ。何度も書くが、読売も日経も揃って「参加せよ」の一点張り。

先日も書いたが、多数の意見は間違っていることが多い。これもきっとそう。

国が壊れてからでは遅いのだ。

今日はこれまで。

追伸)
僕がなぜTPPに反対しているかは、ここで何度も書いているので書きません。

2011年9月6日火曜日

台風一過

とはいきませんでしたが、今日の曇り空から垣間見えた空の青さはすばらしかった。

みなさんは空を見上げることがありましたか?

空の高さとあの青さはまさしく秋でしたよ。日中は気温があがりましたけどね。

台風12号のもたらした紀伊半島の被害は甚大でしたね。家ごと川の濁流に流されたひとも多いとか・・・。何とも言葉がありません。北は津波、西は台風の自然災害に見舞われるとは今年は一体どういう年なのでしょう。


ひとは自然の恵みがなければ生きていけず、しかし自然は時として猛威を揮いひとのつくりあげたものや、命そのものまでも奪ってしまう。自然とどのように向き合ったらいいのでしょうね。

今日はこれまで。

2011年9月5日月曜日

アホくさ・・・

新しい内閣への支持率が歴代5位の65%なんだとか・・・。

よ~く考えて欲しいのは、昨年6月の菅直人内閣の支持率も64%あったということ。もっといえば、目の虚ろな人の支持率は75%もあったんですよ(出所;http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110903-00000643-yom-pol)。

支持率なんかろくなもんじゃないとは散々書いてきましたが、もうそろそろそんなことを話題にするのはやめたらどうか。新聞もいい加減に気づけよ。世論調査とか、民の声とか、そんなものほどいい加減なものはないとね。

ネタ元の読売新聞によると、内閣発足時の支持率ランキングは、

1位:小泉内閣 87%
2位:鳩山内閣 72%
3位:細川内閣 72%

となっていますが、彼ら3人が一体何をしたのかよく考えてみたらいかがか。特に2位、3位の内閣など、害悪しか残さなかったではないか。

小泉内閣は、この国の経済の行方を巨視的に考えなければならないときに、「規制緩和」「郵政改革」と、極めてミクロなことのみに終始し、その間円安と相まって見かけ上の経済成長は成し遂げたが、それがほとんど賃金上昇に結びつかないという状況をつくりだした。あの内閣のおかげで「失われた10年」はもう「20年」になろうとしている。

鳩山内閣は、書くのも憚られる。

細川内閣は(唯一この内閣のみその発足時には僕も少しは期待したが)、何を成し遂げたのかさっぱり思い出せない。ただ、クリントン大統領と何かの協議か交渉が決裂したときに、「できないことはできないと拒否をする大人の関係」とかわけのわからんことをいって顰蹙をかったこと、国会での答弁で「先の戦争は侵略戦争で私自身、間違った戦争だったと思っている」と述べたこと。

大体、彼が総理を辞任したのも佐川急便からの政治献金にかかわることだったと思うが、どうもそれは単なる言い訳に過ぎなくて、彼は総理大臣に厭きたのだろうなあと、当時の僕は考えた。その後ほどなく政界から引退したので、彼が厭きたのは総理ではなく、政治だったことがわかった。


民の人気の高い政治家はこんなもんですよ。だから、少数意見の方が正しいんじゃないかと僕は思えてくるわけであって、多数の声が正しいだろうと仮定する民主主義なんぞ、今のところそれ以外に「良い」と思える政治システムがないから、しかたなく行っているのだ、くらいの気持ちしか持ち得ない。

しかしながら、世の中はそれを「価値」のように崇め奉る・・・。テレビに出演する政治家は口を開けば「民主主義なのだから、よく議論をして云々」というが、民主主義は話し合いで解決するわけではなく、多数決という「力」の行使で物事を決めていくのだから、そういう発言はおかしいだろうと思ってしまう。


いろいろ書きなぐりました。


今日はこれまで。


2011年9月4日日曜日

そういえば

毎日の更新は昨年の10月1日からはじめているので、この9月を終えればちょうど1年ということになります。

とりあえずはそれが一区切りで、10月からは書きたいときに書くという姿勢で臨みます。毎日書くというのは結構しんどい。第一にネタがなくなるんだ・・・。

とはいえ、昔書いた文章を読み返すのは結構楽しい。

なので、あともう少しだけ毎日の更新を続けます。

今日はこれまで。

2011年9月3日土曜日

びっくり! その2

昨日、宝島社のふざけた広告を見て憤慨してたら、どうも僕同様の思いを持った人も多いみたいで、「いい国つくろう・・・」でググったら、多くのブログで批判的に取り上げられてましたよ。

宝島社のHPをみたら、下記のような広告意図が大真面目に載っていて2度びっくりしました。




敗戦や災害など、これまで幾度となく苦境に直面してきた日本。
日本人はそのつど、不屈の精神と協調性を武器に国を建て直してきた歴史があります。
世界のどこを見ても、これほどしぶとく、強い生命力を秘めた国民は存在しないのではないか。
そんな気さえするのです。
「いい国つくろう、何度でも。」
この投げかけを通じて、
日本人が本来持っている力を呼び覚ましてみたいと考えました。







アホさもここまでくると立派というか、無知なるものは強いとただただ恐れ入るしかないですな。「敗戦や災害など」と同列に扱っていますが、敗戦は日本建国以来たった一度きりです。「そのつど」などという形容詞は「災害」だけにかけて欲しいもの。


そのたった一度の敗戦で「戦争はもうこりごり」と考えるのをやめ、たった一度の原発事故で「原発はもういらない」と思考停止する日本人に「しぶとく」という形容詞ほど不釣合いなものはない。あえていうなら、諦めが早すぎる・・・。生命力云々ではないでしょう・・・。


まあ、そのことに対して彼らの無知蒙昧さを責めたてるつもりはないのですが、問題はこの写真ですよ。これを屈辱として日本が立ち上がったのならいいのですが、残念ながらこの国の多くは彼に尻尾をふり、媚を売り、へつらったわけですよ・・・。決してポーズではないですよ。本心からそうしていたはずですよ。そんな国民のどこに「しぶとく、強い生命力」が垣間見られるというのでしょう。

もしかして、再び占領されたがっているんじゃないでしょうね・・・。

今日はこれまで。



2011年9月2日金曜日

びっくり!

ご覧になった方も多いと思うけど、本日2日の日経。


両見開きの全面広告に宝島社の広告が出てました。「いい国つくろう何度でも」というコピーはいいのですが、呆れ果てたことにそこには昭和20年8月26日(だったかな?)に厚木飛行場に降り立ったマッカーサーの写真を使っているのです。

まるで、マッカーサーが「いい国」をつくった人のような扱いですが、この広告を考えた人間、そしてそれを許した宝島社の人間は日本人ではないな・・・。

アメリカの日本人洗脳計画の最高の結果でしょう。すでに、日本の主権回復から来年で60年になろうとしているのに、なぜそんな頭の状態のままでいるのか不思議でなりません。

マッカーサーが日本の軍国主義を倒し、米国流の民主主義を日本に根付かせたから、それをもって「いい国」の「何度でも」の嚆矢としたいのでしょうが、そんな妄言、妄説を未だ信じていることがすでに常識となり、疑うこともしないのでしょうね。

ホントに信じられないことは、この広告にかかわった人間は数多くいるのに、にもかかわらずこんなふざけた売国奴的なものが出来上がったということ。

宝島社など、買いもしない出版社ですので、不買行動ができないのが残念です。でも、街宣車とかが出るんじゃない?僕がその筋の人ならやりますね。

今日はこれまで。

2011年9月1日木曜日

思い出したこと その2

思い出したことを書つけます。

毎朝見る田んぼの稲は実りもたわわに、重そうにその頭を揺らしています。

「実るほど頭を垂れる稲穂かな」

というのがありますね。何だかつくづくいい言葉だと思います。やはり、人間も何事に対しても謙虚でなければいけませんね。自分の立場を嵩にきて、弱い立場のものにぞんざいで横柄な態度をとってはなりません。


さて、稲穂を見て思い出しのが夏目漱石。

彼は稲穂を見て、その先に実っているものが毎日食す「米」だとは知らなかったらしいですね。彼の友人だった正岡子規が書いています。漱石の家は代々今の新宿区に住む名主であり、江戸っ子だったわけですが、ちょっと驚きですね。一方、愛媛は松山から来た子規は自分の田舎者であることを再認識したでしょうね。

子規の「仰臥漫録」は哀しいです。毎日の食事のことが克明に記されているのですが、そのことに克明にならざるを得なかった彼の不自由さが感じられるからです。

とりとめのないことを・・・。

今日はこれまで。