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2011年1月1日土曜日

新春 2011

明けましておめでとうございます。
今年もまた浅学卑才の拙文にお付き合いくださいますよう
よろしくお願い申し上げます。

さて、本年の私の年賀状です。







新春2011年(皇紀2671)



「時代精神」。ある時代に支配的な知的・社会的・政治的動向を表すといった意味でしょうか。明治のそれを言うなら、独立精神と「志を志として尊ぶ」というようなものでしょう。「明治人」という言葉使いがあります。そこに「偉大な」という形容詞をつければ、漱石、鴎外の両文豪、あるいは新渡戸稲造や内村鑑三などが挙げられます。大正という時代の精神は、コスモポリタニズムとヒューマニズム。白樺派の武者小路実篤や志賀直哉、有島武郎などに代表されるのではないでしょうか。彼らを「大正人」と名付けても違和感はそうありません。世に言う大正の教養主義は、明治の修養という儒教的倫理観へのアンチテーゼでした。

さて、ここではたと困惑するのが「昭和」のそれをいかに表すかということ。戦後は言うに及ばず戦前でさえその精神を表す言葉を見つけることができません。僕の浅学故のこともあるでしょう。ただ一言で時代を表すことが不適当な気がするのです。戦前の20年間は、未だ罵倒の中にあります。曰く、過去の「反省」から戦後の社会は出発したのだと。そして経済一辺倒で突き進んできました。
ただ不思議なことに、「儒教的」なるものを排し、「封建」の残滓を一掃したはずの戦後の社会にあっても、顧みる矩として向けられていたのは「明治人」でした。そう呼び表される人は、明治が持っていた「型」という道統を受け継いでいた人にほかなりません。そしてそれは戦後の社会から失われたことが確実なものでした。
昭和から平成へ。この国は失われたものに眼差しを向ける一方で、ただひたすらに「豊かさ」と「便利さ」を追い求めてきました。しかしながら、豊かに、そして便利になるということは、それまでの不便を捨て去ることにほかなりません。不便だからこそ、または不自由だからこそ感じられるものもある。そもそも、何一つ不自由もない、不便もない中で人間は一体何を生みだすことができるのだろうか。国破れて66年、僕らの社会は一人の漱石や鴎外も生みだしていない・・・。そんなことを考えてしまいます。








今日はこれまで。

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