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2011年2月13日日曜日

吉田松陰 3

昨日、吉田松陰の「講孟劄記」を取上げたので、今日も松陰のことを書いてみたいと思います。そういえば、まーくんが「世に棲む日々」を読んでいると11月に言ってましたが、もう読み終わったかな?吉田松陰という人間の偉さは、その教育者としての人間力にあると僕は思っています。何しろ、生きて再び獄外に出る見込みのない囚人までをも感化してしまうのですから・・・。彼の門下生が維新の原動力となったということは、彼の一面しか伝えていないことです。

何度か、このブログでも吉田松陰のことを取り上げてます。


ここで、アメリカ人の東大教授が、「彼がアメリカに渡っていたらを考えると楽しみです」とラジオで語っていた事を紹介し、


ここでは、彼の伝記を日本人よりも早く著したのはイギリス人作家であったことを紹介しました。

さて、最近目にした文章です。

日本歴史を書いたG・B・サンソム卿が松陰のことを叙して「吉田寅次郎、彼は当惑させられる性格の持主であった。彼の伝記を読むと、彼が愚か者で、狂信的で無能であったとの印象を受ける。彼は高邁な理想、雄大な構想、野心的計画で充満していたが、大小を問わず着手したすべてのことに失敗した。それは常識の欠如に基づくものといえよう。外国の研究者がなぜ彼があれほどまで同時代の人の心に強い影響を及ぼし、また後世の人から法外に賞賛されてかを理解するのは、この点で容易なことではない」としている。
(『二・二六事件とは何だったのか』所収「正気の発現(新保祐司)」)

これは、大佛(おさらぎ)次郎の「天皇の世紀」に書かれているものだそうです。要するに吉田松陰の偉さは外国人が理解するのは難しいと言っているわけですね。とすると、以前紹介した二人の外国人は、非常に稀有な存在であったことになる・・・。

確かに、この外国人の言う通り、結果だけ見れば吉田松陰の為そうとした事は全て失敗しています。最後の最後に至っても、自らの志を幕吏に堂々と延べ、「至誠が通じるか否か」を測ることまでしますからね。結果的に彼の至誠は通じませんでしたが・・・。こういう行動の結果を超越した純粋性は松陰の真骨頂だと僕は思っているし、だからこそ松陰には、囚人を感化してしまうほどの人間力が備わったいえます。

「人生で大事なことは、何をしたかではなく、どう生きたか」

僕は、まさしくこれが完全に真理だと思っています。

今日はこれまで。

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