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2010年10月3日日曜日

組織能力とは その10

 これまでの事を振り返ります。


5代将軍綱吉の頃17世紀半ばから18世紀前半、その初期には社会は空前の活況を呈し、後期にはインフレに悩まされました。商品市場が発達し、それまでの農業社会から商業社会へと貨幣経済の進展した時代に、舵取りを行ったのが綱吉に信頼された柳沢吉保であり、荻原重秀でした。この二人は能力により抜擢された人材です。


そのすぐ後、同じく能力による抜擢を受けて政治のかじ取りを行ったのが新井白石でした。彼は貨幣経済へと移行した世の中を知らず、猛烈なデフレを引き起こしてしまいます。最初の復古反動です。


続く8代将軍吉宗は、貨幣経済であることを十分に認識して経済問題、即ち米価安諸物価高に取り組み、さらには幕府財政の立て直しの為に検約の奨励と、新田開発、年貢率アップを行い、かつ今でいうなら地方振興策を諸国の特産品開発ということを成し遂げます。彼が重用したのは彼自身が信頼した大岡越前であり、彼が紀州から連れてきた人間でした。


その後に出てくる田沼意次は、9代将軍が遺言で彼を重用するようにと10代将軍に伝えた程信頼されていました。能力が優れていたからです。その田沼意次の時代は、吉宗が蒔いた種を大きく育てたといえます。彼の壮大な蝦夷地開発計画や、商品流通の合理化、税制を考えると、彼もまた非常に経済に明るかった人物といえます。


2回目の反動は、門閥譜代層であった松平定信の時代です。彼は吉宗、田沼と続いた経済拡大路線を全て潰してしまいます。そして、門閥譜代層以外は政治の実権を握らせないようにしてしまいます。


3回目の反動は、同じく門閥である水野忠邦の時代です。もはや、能力があっても重用される事はなくなってしまい、硬直した組織人事そのままでその運用に幅をもたせることはありませんでした。


 どうでしょう。江戸時代の改革の中で、実の上がる改革策を成し遂げたのは抜擢された優秀な人材であることがわかります。つまり、江戸時代において改革の実を挙げた人物は、能力により抜擢された人物であり、正当な人事制度からあぶれた人材となります。逆に正当な人事制度からその職位についた松平定信、水野忠邦の改革は、全く功を奏していません。また、松平にしても水野にしても、失脚を目論んだのは彼らの同僚にあったとはいえ、最終的に罷免するのは将軍のです。つまり彼らを庇護しなかったわけです。批判の多かった田沼を最後まで使い続けた家治とは大きな違いがあります。


 「能力主義」を否定する人はまずいません。当然のことです。しかし、大事なことはその「能力」ある人間を使い続ける事ができるかというトップの姿勢・勇気です。これがなかなか難しいのではないでしょうか。


 江戸時代、老中とか町奉行とかいう職位になれる家格が決まっていました。その家格以外では、どんなに能力があってもそれにつくことができないと。これは事実です。老中にまでなった田沼は異例の存在です。「側用人」という職位をつかって、これまで合議制で政治を行ってきた老中を単なるお飾りにしてしまったのが綱吉でしたが、彼のこのやり方は10代の家治までが踏襲するわけです。「側用人」=官房長官みたいなもので、それを支えたのがお抱えのスタッフです。改革を実行した将軍として名の上がる吉宗は、彼らを使って自身の政策を実行させたり、財政再建策を考え出させたりしたわけです。


 


 この文章の冒頭で述べましたが、1853年に黒船が出現して世の中は大騒ぎになります。鎖国か開国かに世は大きく揺れ、幕府は広く意見を外にまでも止めます。そんな中にあって勝海舟は、能力主義による抜擢で軍艦奉行にまでなりました。もともとは貧乏御家人の息子です。世の中が平和なら、そんな出世は望むべくもありません。一方の小栗上野介は、門閥譜代層の出身で2500石の大旗本の息子です。彼は黙っていても出世できる家柄でした。しかも幼い頃からその将来を嘱望されるほどの頭の良さで、時代の趨勢を正確に見越していました。


 後世、幕府のために惜しむらくは勝と小栗は主義主張を異にし、政敵同士であったことでしょう。この二人が同じ方向を向いていたら、幕府はもしかしたら別の形で終焉していたかも知れません。


 勝は「幕府などつぶしちまいな」と広言してはばからず、小栗は「瀕死の親を見捨てる息子がいるものか」と、最後まで幕府を、徳川家を支えようとします。この差は両者の生れの差でしょう。


 とまれ、能力主義はこの頃、幕府において盛んになりました。諸藩でも同様です。そして、幕府に関しては、それはこの頃初めて採り入れられたものではなく、綱吉の時代からそうであったのです。能力主義がなく、硬直した組織だったから幕府は滅んだというわけではないのです。


 勝と小栗については、次回に持ち越します。今日はこれまで。

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